(1)概要
| 国名 |
スリランカ民主社会主義共和国 地図はこちら |
| 国名(英語表記) |
Democratic Socialist Republic of Sri Lanka |
| 首都 |
スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ |
| 人口 |
約 1930万人(一部地域を除く) |
| 面積 |
65,607km2(北海道の0.8倍) |
| 人種・民族 |
シンハラ人( 72.9%)、タミル人(18.0%)、スリランカ・ムーア人(8.0%)
(一部地域を除く値) |
| 言語 |
シンハラ語、タミル語(共に公用語)、英語(連結語) |
| 宗教 |
仏教( 70.0%)、ヒンドゥ教(10.0%)、イスラム教(8.5%)、ローマン・カトリック教(11.3%)
(一部地域を除く値) |
出典:外務省ホームページ
(2)内戦による疲弊と津波災害
スリランカでは1980年代よりシンハラ人を主体とした政府とタミル人武装組織タミール・イーラム開放の虎(LTTE)との20年以上に渡り内戦状態が続いてきました。2002年停戦合意が実現しましたが、2006年春以降から同国北部と東部で再度衝突が激化し、新たに4000人近くの死者と大量の避難民が出ました。2007年3月には国内避難民はスリランカ全土で30万人を超えました。さらに、沿岸部は2004年12月のスマトラ沖地震津波被災者が復興もできない上に紛争被害を受け、生計の回復に困難をきたしています。
(1)JENの活動方針
被災
した人たちの経済的・心理的自立を目指して
被災した人たちの経済的・心理的自立を目指して現在、JENは2007年1月の政府による大規模なLTTE掃討作戦の戦場となり、しかも津波の被害を被ったまま支援の手が届いていなかった、スリランカ東部のバティカロワ県で、帰還民支援事業に取り組んでいます。相次ぐ紛争と津波により、過去8回もの避難と帰還を繰り返した住民は、平和を容易に信じることができず、再定住することに戸惑いを抱いています。このような中で、JENは、被災者が平和を信じ、自立への前向きな力を取り戻すためのサポートを行います。
(2)現在のプロジェクト
栄養・保健衛生活動
帰還地では、避難と期間後の厳しい生活の中で、乳幼児、妊婦、そして高齢者は必要な栄養素を摂取しないことで栄養不良になり、煮沸しない水を飲んで下痢が頻発するといった健康問題が起こっていました。
ジェンは現在、こうした厳しい状況に置かれた帰還民たち、特に女性世帯主や低所得者に対し、野菜栽培講習と栄養・衛生指導を行い、帰還民の栄養・健康状態の改善を支援する事業を行っています。専門のインストラクターが、漁民に不足している野菜を自給できるよう、気候に合わせた環境にやさしく低コストの農法を指導します。なす、おくら、トマト、唐辛子など9種類の種子と、バナナ、マンゴー、パパイヤ、ブドウなど9種類の果物の苗を配布し、共有スペースと、各家庭にて講習と実習を行います。
それと同時に、栄養分を逃がさない調理法や栄養バランスのとれた献立など、健康を維持するために必要な知識と実践法を指導しています。ロールプレイや寸劇などを取り入れながら保健衛生の講義を行い、正しい衛生意識、清潔な生活習慣を身に付けるよう促します。また、簡単な栄養・保健衛生知識に関するマニュアルを作成し、各村に配ることで、受益者以外の住民を含めたコミュニティー全体への波及効果を目指して活動しています。
カウンセリング
栄養・保健衛生活動と並行して、ジェンの心理学専門家とソーシャル・ワーカーが大人、子どもそれぞれに対してカウンセリングを行います。ソーシャル・ワーカーが活動の参加者に話しかけたり、各家庭を訪問したりしながら、こころに問題を抱えている人を識別したり、日常生活の問題点を聞き出し、カウンセリングを行います。
また、子どもに対しても、過去の辛い経験を忘れ前向きな気持ちを取り戻してもらうために、スポーツやお絵かきなどを実施します。地元の伝統的な遊戯や、地元で人気があるクリケットに大勢の子供が参加しました。
漁協のキャパシティー・ビルディング
沿岸部にある事業地では、漁民で生計を立てる人々がほとんどです。ジェンは漁業協同組合(以下、漁協)に対して魚網製作訓練、ボートの配布、コミュニティー・ホールの建設などを実施して来ました。漁民はジェンが配布した漁具を使って漁に出始め、収穫をあげつつあります。現在、この漁協の活動を軌道に乗せるため、漁協が貯めた資産を住民全体の利益になるように有効に活用していくことを目指し、漁協組合員に対してリーダー・シップ研修などのワークショップを実施することで地域全体のキャパシティー・ビルディングを行っています。
(3)これまでのプロジェクト
漁民への支援 (2007年9月〜2008年4月)
沿岸部に住む漁民の漁具やボートは紛争によって破壊されたり、失われたため、ほとんどの漁民が元の職業に戻れていません。そこでJENは被災した漁民に対し、魚網の材料を配布して製作の指導を行いました。製作された魚網は漁協の所有とし、組合員が業同で使用していきます。共同作業を通じて、漁民同士のつながりを深め、技術も習得してもらうことで、漁民自身が自立への実感を持つことができます。また魚網製作の訓練実施中に、ソーシャル・ワーカーが受益者に日常の生活などについて話しかけ、心の傷の状態を診察しました。手仕事を通しての対話なので、漁民も自分の内面を伝えやすくなります。同じ被災体験を漁民同士が共有していくことで、不安な気持ちやあせりがなくなってきました。さらに、ジェン職員によるワークショップを開催し、漁協組合員に対して、生活向上に向けた意識改革と、水産物の流通、そしてマーケティングなどについて講義を行いました。その後も引き続き各漁協において月1回のミーティングを実施し、漁業に関わるあらゆる問題を話し合っています。また、漁協に供給した漁具と管理と使用について、組合が責任を持って管理できるように助言しています。
ココナッツ・ロープ・関連製品作り (2005年4月〜2006年3月)
スリランカでは現地で安価に手に入るヤシ繊維を使った製品が、日常生活のさまざまな場面で活用されています。特にココナッツ・ロープは家の屋根や囲いを縛るのに使用されるほか、工事現場用ネットや茶葉用の袋など業務用に広く使用され大きな需要があります。受益者は、こうしたココナッツ関連製品の製作技術をグループ作業を通して身につけ、異なる用途向けロープや、ロープを使って作成するマット、ココナッツ繊維を用いて作るほうき、ブラシ等の製作方法を学んでいます。
また、製作したココナッツ関連製品を収入に結びつけるため、販路、流通についての知識を身につけたいとの強い要望を受け、マーケティングの知識を持つ専門家を講師として招聘し、流通、販路についての講習を実施しています。
魚網編み (2005年4月〜2007年9月)
津波による最大の損害を被ったのは、海岸線沿いに住む漁民たちでした。彼らは津波により漁具(ボート、魚網)を失い、収入もなく、することのない状態が続いていました。こうした被災者を対象に、魚網作りの講習を行っていました。JENは完成品の魚網を配布するのでなく、材料を配り、講習、グループ作業を通して魚網作りの技術を学んでもらいます。これは手作業に集中することによって、短い間でも心の痛みを忘れ、また隣人たとの連帯を強めることができるからです。そして魚網作りの技術のみならず、新しい漁の手法・理論を学ぶことで、漁業を再開した際に、より効果的に漁獲量を高めることができます。
後日談ですが、出来上がったロブスター用の網で早速漁に出た受益者の皆さんは、その釣果を JENのスタッフに贈ってくれました。再び漁に出た喜びが、これから生活を取り戻していくための力につながっていくことでしょう。
津波直後の緊急支援事業 (2004年12月〜2005年3月)
津波により家族や家財道具を失い、精神的にも物質的にも困難があった被災者の方たち。避難所から仮設住宅に戻り始めた彼らのニーズに応え、JENは食糧、水、衣類、生活必需品などの配布を実施しました。また被害の大きかった南部ハンバントタ県で、人々が元の生活を取り戻す為に必要な生活必需品の配布事業を開始し、2000世帯、約10,000人分の物資を配布しました。
野菜栽培 (2006年4月〜2007年12月)
ハンバントタ県で漁業と同じく割合が高いのが農業人口です。規模はまちまちで、半農半漁という家庭も多くありました。津波により無職無収入の状態が続いている世帯にとって、低コストで高い効果が期待できる有機農法を学び、野菜栽培を行うことで中・長期的な生活再建を目指すことができます。
有機農業技術には自宅のごみを利用した有機肥料の作り方、周囲にあるハーブを生かした有機農薬の作り方、害虫駆除、苗の植え替え、効果的な水遣り法などがあります。こうした技術は地元農民にとって新しく知るものであり、一旦習熟すれば、近隣の村々にも堆肥の供与やワークショップ等を通じて広げることができるので、事業村だけでなく周辺にも建設的な効果が期待できます。
児童課外事業 (2006年10月〜2007年9月)
職業訓練を行う事業村で、1日1回、被災した児童約50名を対象にスポーツなどの課外活動を行っています。スポーツやゲームは子どもたちが暫し没頭でき、体を動かしたり友達と話したりすることで、辛い記憶や津波で受けた心の傷を癒す一助となっています。活動にはスポーツインストラクターがつき、ウォーミングアップ、体操、レクリエーション等の指導を行います。スポーツ活動は、現地で人気の高いバレーボールとクリケットを、また宗教的理由で屋外で遊ぶことが難しいムスリムの女の子たちはチェスやカロムゲームを楽しむことが出来るようになりました。
被災直後は波の音に怯え、海に全く近づけなかった子どもたちも、遊びを通じて徐々に海岸線に出られるようになりました。
カウンセリング (2005年4月〜2006年3月)
職業訓練・児童課外活動参加者を対象に、ソーシャル・ワーカーや心理学専門家によるカウンセリングを行っていきました。どうしても引篭もりがちになってしまう被災者の方たちに、グループ作業に参加してもらい、他の被災者と痛みを共有し励まし合える関係を構築して貰うのが狙いです。彼らが作業やスポーツ活動をしている最中に、カウンセラーが声を掛け、押し付けにならない・さりげない心理療法を施すことを心がけて実施しました。参加した男性は最初、自分の弱さを見せることを嫌っていましたが、心の痛みを伝えたり共有したりすることで癒され、将来への前向きな希望を取り戻すことができたと語っていました。