(1)概要
| 国名 |
レバノン共和国 地図はこちら |
| 国名(英語表記) |
(英語表記)Republic of Lebanon |
| 首都 |
ベイルート |
| 人口 |
460万人 (2004年推定) |
| 面積 |
10,452km2(岐阜県程度) |
| 人種・民族 |
アラブ人 |
| 言語 |
アラビア語 |
| 宗教 |
キリスト教(マロン派、ギリシャ正教、ギリシャ・カトリック、ローマ・カトリック、アルメニア正教)、イスラム教(シーア派、スンニ派、ドルーズ派)等18宗教 |
出典:外務省ホームページ
(2)災害の状況・ニーズ
報復攻撃と難民の発生
2006年7月12日に武装集団ヒズボラがイスラエル兵士2名を拘束したことにより、イスラエルのレバノンへの報復攻撃が開始されました。死者は1,187人、4,000人以上の負傷者が出ており、レバノン人口の4分の1にあたる約百万人が国内避難民として住居を追われました。隣国シリアへの難民も一時15万人に上ったのです。
帰還民と厳しい生活
8月11日に国連の停戦決議案が採択され、イスラエル軍の撤退が始まると、一時的にベイルート近郊やレバノン中部に避難していたレバノン人被災者たちも南部への帰還を開始しました。しかし破壊された住居には不発弾が数多く残留し、また飲料水・電気供給などのインフラが破壊・寸断されているため、帰還民の多くが不自由な生活を余儀なくされました。
(1)JENの活動方針について
支援の届いていない地域に、公平で慎重な支援を
JENは初動調査の結果を基に、南レバノン県及びナバティエ県での支援実施を決定しました。 レバノン国内の人道支援が至難を極める理由として、特にヒズボラの支配地域での民族的背景の複雑さがありました。ヒズボラは単なる民兵組織ではなく、レバノンの政治・社会とも密接に結びついていたからです。内戦終結の1990年から政党の一つとして、シーア派領内での教育や医療、福祉事業にも力を入れており、域内では多くの支持を獲得していました。
事業地である南東部には、たくさんの小規模都市・村落があり、シーア派の居住区が過半を占める中、キリスト教徒村落も少数ながら存在していました。JENは公平な選定基準を基に、民族間差別をなくすべく細心の注意を払い、支援が必要な弱者層に対し支援を行いました。
(2)これまでのプロジェクト
緊急支援物資配布(2006年8月〜2007年1月)
8月14日に発効した停戦合意を受けて、周辺国やレバノン各地に避難していた人々が、急速に自分の家に戻って来ました。しかし、家や道路が破壊され、帰還しても、直に生活を再開出来る様な状態ではありませんでした。南部では多くの建物が破壊され、中には破壊された建物で生活している人もいました。また、充分な道具が揃っていないため、瓦礫の撤去作業は思うように進んでいませんでした。
JENは、南レバノン県及びナバティエ県で、緊急支援物資配布を行いました。タオル、バケツ、石鹸、ヤカン、洗剤、歯ブラシなどの衛生用品セットと、一輪車、シャベル、ハンマーなどの瓦礫撤去道具セットなど、現在人々が一番必要としている物を配布しました。