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活動内容

1.アフガニスタンの基本情報

(1)概要

国名 アフガニスタン  地図はこちら
国名(英語表記) Afghanistan
首都 カブール
人口 2,510万人
面積 652,225km2(日本の約1.7倍)
人種・民族 パシュトゥーン人(約 43%)、タジク人(約24%)、ハザラ人(約6%)、ウズベク人(約5%)等
言語 ダリー語、パシュトゥー語
宗教 イスラム教(主にスンニー派のハフナイ学派・ハザラ人はシーア派)
出典:外務省ホームページ

(2)紛争の状況・ニーズ

長年の戦闘と世界最大の難民発生

1979年の旧ソ連侵攻により始まった戦闘が激化し、多くの人々が故郷を離れ、隣国のパキスタンやイランなどに避難しました。1989年のソ連撤退後も国内の混乱は続き、1990年には、アフガン難民の数は、620万人に達し、世界の難民人口の半数弱を占めていました。1992年に内戦が一旦終結した後は、アフガニスタンへの帰還が進んだものの、翌1993年に内戦が再燃し、それ以降、難民は流出と帰還を繰り返していました。

帰還民の厳しい現状

こうした20年以上に渡る戦闘と近年の記録的な干ばつにより、国土は疲弊し、大量に発生した難民・国内避難民は、厳しい環境の中での苦しい避難生活を強いられていました。しかし、2001年12月の暫定政権樹立以降、ようやく故郷への帰還が始まり、2002年から2005年末までにUNHCRの支援を受けて帰還した難民は、約381万人に達しています。しかし、ことごとく破壊し尽くされ、収入を得る手段のない故郷での生活再建は困難を極め、再度難民となって流出する人やカブールなどの都市に国内避難民となって生活する人が増えています。このため、故郷への帰還と再定住を促進するために、住居を始め、インフラ、教育、雇用機会などの生活環境を整えることが急務となっています。

2.アフガニスタンでの活動

(1)JENの活動方針

地元住民の参加による『帰還民再定住支援』

JENは2001年8月に「干ばつ被害緊急支援」のため現地調査に入りました。しかし、米同時多発テロ後の米軍によるアフガン攻撃を受け、長年に渡る戦闘と干ばつの被害で難民・国内避難民となった人々への「緊急支援」に方向転換をしました。同年末の暫定政権発足後、多くの難民が帰還を始めたため、2002年以降は、故郷に戻った人々が再び自分たちの力で生活していくことができるよう、帰還する人々が多いパルワン州を中心に「帰還民再定住支援」を行っています。

事業実施にあたっては、自分たちの力で自立した生活を送ることを目指し、地元住民やコミュニティーの参加を促しています。住宅再建や橋・道路の建設では、住民自らが建設作業を行い、学校修復では、スクールマネージメント委員会を設立し、地元の手で修復内容の決定や維持・管理を行えるよう後押しをしています。また、子どもや女性、老人、障害を持った人など、特に弱い立場にある人々への支援を中心に行っています。

(2)現在のプロジェクト

学校修復・建設事業

長年の戦闘によって、多くの学校は破壊され、荒廃している上、帰還による生徒数の増大で必要な学校数が絶対的に不足しており、子どもたちは壊れた校舎や木陰、テントなど屋外での授業を余儀なくされています。

JENは、こうした教育環境を改善するため、2002年から学校修復事業を実施してきました。2005年以降は、学校の建物さえ無い中で授業が行なわれている地域での学校建設も行っています。2003年以降の学校修復・建設事業では、現地行政、地元住民や先生で構成されるスクールマネージメント委員会を設立し、修復・建設の優先事項、作業途中で発生する問題対処、事業終了後の維持・管理方法についての話し合いを行っています。この委員会の活動を通じて、住民の学校への帰属意識を高め、教育に対する意識の向上もはかっています。また、地元住民が修復・建設作業を行うことで、収入手段の限られた帰還民が働く機会を提供しています。

3.これまでのプロジェクト

飲料水供給事業 ( 2006年8月〜2007年6月 )

復興への道を歩み始めたアフガニスタンが抱える大きな問題の1つは、人々の生活に不可欠な安全な飲料水が不足していることです。農村復興開発省のレポートによると、アフガニスタンでは農村の推定人口1,900万人のうち、1,500万人が安全な飲料水へのアクセスがないと言われています。また、5歳以下の幼児死亡率が約25%と近隣諸国の10%程度に比べ極めて高い数字を示していますが、そのうち約半数が不衛生な水の摂取に起因しています。首都カブールの真北に位置するパルワン州でも、近年の人口増加に伴う水質悪化や飲料水不足により、州都チャリカを初めとする各地域で水因性疾患の慢性化が深刻な問題となっています。

JENは、こうした事態を受け、パルワン行政その他国際機関と協力しながら、日本政府の支援を受け、飲料水の供給事業を行いました。州内でも特に優先度が高い3つの地域および州都のチャリカ市で水供給システムの敷設・修復を行い、安全な飲料水を確保して住民の衛生環境の改善を図りました。具体的には、飲料水を供給するためのパイプラインの敷設・修復、地下水路(カレーズ)の清掃・修復を行い、また衛生知識の定着のための衛生教育を実施しました。

識字教育事業 ( 2006年1月〜2007年1月 )

アフガニスタンの首都カブールには、今もなお多くの難民、避難民が帰還しており、その数はアフガニスタン全土における帰還民の数の半数といわれています。中でもカブール市第3地区のCarte Sakhi(カルテ・サヒ)と呼ばれる地域は、過去内戦において、丘陵地からの銃撃戦の舞台となり、丘陵地にすむ住民の大半が避難しなければならなかったために、住民の多くが帰還民であり、避難中に教育の機会を奪われた人が多くいます。また安定した職業を持たない家族が多く、日雇い労働や家庭内での伝統的な手工芸品を製作して生計を立てていますが、低収入のために厳しい生活状況にあります。

JENは、2006年1月からこの地区で識字教育事業を行い、162名の生徒が、識字・基礎計算能力を学びました。またこうした能力を身に付けた生徒たちが収入向上の機会を得られるよう裁縫教室も行いました。社会的に様々な機会が制限されている女性が教育の機会を得ることで、女性の能力向上に貢献しました。

井戸掘削事業 ( 2005年6月〜2006年6月 )

パルワン州のチャリカの村々では、小さな泉や水路があるものの、数年来の旱魃の影響で、水量が非常に限られ、水不足が深刻な問題となっています。また、水質も劣悪で、夏には下痢で命を落とすこともあり、住民の健康と生活に悪影響を及ぼしています。JENは、2005年より、チャリカ農村部で飲料水を確保し、より健康で住みやすい生活環境を整えるために、外務省の支援を受け、井戸の掘削を行っています。
この事業では、JENと現地政府、地元住民を交えた井戸管理・維持委員会を設立し、井戸掘削の場所やポンプ故障時の対応方法など事業実施にあたり必要な事項を決定しています。また、井戸掘削後の維持と管理の責任、特に修理代の捻出方法などについて、事業開始当初から話し合いを行っています。この委員会活動を通して、事業終了後の井戸維持管理体制を確立し、地元住民のより良い生活環境への社会参加に対する意識を高める事を目指しています。

住居再建事業( 2002年6月〜2006月6月 )

生活基盤が破壊し尽くされた故郷で、帰還した人々の多くが住む家がなく親類などを頼って身を寄せています。中には、5畳程度の土間などを親類から借り、10人以上の家族で生活を開始していることもあります。JENは2002年から、パルワン州チャリカ地区一帯で、こうした厳しい生活環境にあり、女性や老人、障害を持った人など自助努力では住居再建が困難な帰還民に対して住居再建支援を行っています。200世帯は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、250世帯は外務省との共同で住宅再建を行いました。

事業参加者選定は、地域の村人で構成される委員会と地元行政と協力して行い、JENは、建材の一部提供と建設の技術指導を行います。日干し煉瓦など自ら調達できる建材は受益者が負担し、受益者自身が建設を行うことで、彼らの自助努力を最大限に引き出すよう配慮しています。また、2002年には、現地NGOと協力して木材加工技術訓練をあわせて行い、技術者の育成と配布建材の生産も行いました。

橋・道路建設事業( 2004年4月〜 2005年5月 )

パルワン州のアシャバで、17kmの道路と2つの橋を建設しました。建設作業はアシャバの村人たちが手作業で行い、労働の対価としてWFP(世界食糧計画)から食糧を受け取りました。支援の届きにくかった山間部の26の村落を結ぶ道路と橋が完成し、村人の移動や物資の運搬、子どもたちの通学環境が改善されました。

女性自立支援事業( 2002年8月〜2004年2月)

カブール市内の少数民族ハザラ人が多く住む地区で、帰還民、未亡人、老人、身体に障害を持った人など社会的に弱い立場に置かれた女性を対象に、伝統工芸である絨毯織りの技術訓練と識字教室を現地NGOと協力して実施しました。また、将来的に活動を実施・継続できる女性リーダーの育成を目指し、マネージメント研修も行いました。

アフガン・キッズ教育支援プロジェクト( 2002年4月〜2003年5月)

アフガニスタンにおいて教育支援事業を行うNGO3団体が共同で日本の子どもたちにアフガニスタンの教育支援のための共同募金参加を呼びかけ、JENはこの募金により、パルワン州チャリカ市内の学校修復を行いました。この修復には、学校やコミュニティーの方々が積極的に参加し、修復後の維持・管理も行っています。

ナハリン地震災害支援事業( 2002年3月〜2004年 6月)

2002年3月に発生したバグラン州大地震の被災者に対し、緊急支援として毛布3,000枚を配布しました。また、復興支援として、新しい土地への移住を余儀なくされた被災者が安全な水を確保できるよう、移住先の村で井戸の掘削を行いました。

生活必需品配布事業( 2002年3月〜7月)

家財道具もなく帰還してくる人々の生活に最低限必要な物資をパッケージにし、多くの人々が帰還してきているカブール州内で配布しました。限られた物資をより必要とする人々に数多く届けられるよう生活必需品や台所用品からなる2種類のパッケージを用意し、女性や老人が世帯主となっている家族や大家族に配布しました。

文房具配布( 2002年1月、2005年5月など)

2002年1月に、カブール東部の学校で、生徒2,300名(女子1,700名)に鉛筆とノートを配布し、過去5年間にわたり教育の機会を奪われていた女生徒たちの勉強への復帰をサポートしました。2005年5月には、パルワン州内の4つの幼稚園に、日本からご寄付いただいたノートや色鉛筆などの文房具を配布しました。

越冬支援物資配布事業( 2001年12月〜2002年3月、2002年12月〜2003年1月)

2001年の冬には、カブール州などの避難先で厳しい冬を過ごしている避難民に対し、毛布などの越冬物資や、食器やバケツ、暖房器具などを配布しました。翌2002年の冬には、パルワン州のアシャバ地区で、ジャケット、靴下などの子ども用衣料品2,000セットと調理器具などの生活必需品を918セット配布しました。

パキスタンでのプロジェクト

2001年10月より、ペシャワールとイスラマバードに事務所を開設し、パキスタン北西辺境州にあるアフガニスタン難民キャンプで避難生活を余儀なくされている人々のために緊急越冬支援を行いました。多くの人々が帰還を始めたことを受け、2003年4月に緊急支援を終えて撤退しました。

毛布配布( 2002年1月〜2002年6月、2002年12月〜2003年3月)

厳しい自然環境の中で避難生活を送っているアフガン難民に対し、「アフリカへ毛布を送る運動推進委員会(AJASA)」から提供された毛布を合計約2万枚配布しました。毛布は防寒着や敷物、荷物の運搬など様々な用途に活用され、キャンプでの生活だけでなく故郷への帰還の際にも役立てられました。

越冬支援物資配布事業( 2001年12月〜2002年3月)

長く厳しい冬をキャンプで迎える難民に対し、必要とされていた物資を配布しました。毛布やマット、防寒着などの越冬物資や、生活に最低限必要な食器やバケツ、暖房器具などを含むファミリーパッケージとファースト・リテイリング社から提供された 12,000着の防寒ジャケットを配布しました。